救霊法の覚悟
救霊はどなたにでも出来ますが、見えない世界の方に自分の命を提供しなければなりません。
自分はどうなってもいい、見えない世界の方に救われてくれさえすればいいという命懸けの行為です。
また、救霊は自分が行うのではなく、神様と長尾先生の媒体になる事です。
媒体になる為には救霊を行う者自身が神様と長尾先生から信頼して頂ける生き方をしなければなりません。
つまり、お互いの信頼関係がなければ出来ない行為でもある訳です。
その上でお墓ならお墓、仏壇なら仏壇の前でご先祖に語りかけます。
どなたにでも理解できる分かりやすい言葉で話します。
私たちが生きている3次元世界と見えない世界は別の次元の世界で、その場所におられる方たち(諸霊)の意識を救霊法によって自分の心の中に迎え入れると、瞬時にして臓器が強烈なダメージを受けてしまいます。
医学的根拠がある訳ではないのですが、私の経験によると膵臓や他の臓器もそうですが、特に肝臓と腎臓にダメージを受けてしまうようです。
消化器系である肝臓や腎臓は謂わば濾過器のようなものです。
食べ物であればちゃんと濾過してくれるのですが、次元の違う悪想念ばかりは所詮は濾過出来ないのです。
人の念や霊的世界の方を心に入れた時、肝臓や腎臓は毒素が入ってきたと認識して、その毒素を一生懸命濾過しようとするのだと思います。
ところがいくら健気に働いても濾過はできないのです。
何故濾過出来ないか。
それは物質ではないからです。
それでも肝臓や腎臓は健気に頑張ってくれるのですが、いくら頑張ったところで見えないものは濾過できず、とうとうダウンしてしまいます。
つまり、肝臓と腎臓が真っ先にやられてしまうのです。
結果、こんな顔になってしまうという訳です。
下の写真は救霊のBefore-after
上の写真は2022年8月にパーキンソン病の方(80歳女性Aさん)の救霊をする前と、救霊後2時間が経過した時に撮影したものです。
私の顔が激変していますが、それだけのもの(悪想念)がAさんの心に内在していたという事で、それを私の心に迎え入れた事でAさんの心はクリアになり、私の心にAさんの悪想念が移行したという事です。
もう一例ご紹介します。
こちらの写真は2022年11月21日に撮影したものです。
写真の女性Kさんは1ヶ月余り前に背中から腰にかけての激痛や咳で起き上がる事が出来なくなって、和歌山県にあるご自宅へ伺って救霊をしました。
結果、Kさんはほぼ20分後には症状がすっかり取れたので自宅で記念写真を撮ったという訳です。
Kさんは元気になられたので、その30分後に駅まで送って頂いたものの、私の方は体に異変(かなり疲れた感じ)が表れたので「この様な時はどんな顔になっているのかしら」と思って、駅で自分の顔を自撮りし、その写真を即、Kさんに送信しました。
帰りの車の中で送られてきた写真を見られたKさんは、矢張り自撮りをされて私に送信して下さいました。
私の顔はとても疲れていて、10歳以上も老け込んだ顔になり、Kさんのお顔は10歳以上も若くなって、とても美しくなられました。
顔は心の看板と言われてますが、肉体の状態もすべて顔に表れます。
このまま放置しておくと何らかの病気になって黄疸になりかねません。
AさんとKさんに対する救霊の場合、それぞれの心の中にあるネガティヴな想念が私を媒体として長尾先生に送らせて頂いたものですが、ある一定の時間は私の心の中に留まる様です。
つまり、私の心の中を通過している間はその影響を受けるのではないかと思います。
この2つの事例を見て頂くと、救霊とはどの様なものであるかをご理解頂けたかと思います。
ここに紹介したものは「人の救霊」、つまり他の方から受けた悪想念や見えない世界の方々を救済するものですが、先祖供養や土地、或いは神棚・神社・祠等々の救霊も本質的には全く同じであると言えるでしょう。
救霊は生半可な思いで行うと命を失う危険がありますが、元より自分の命を提供する行いですから、私の場合は覚悟が出来ています。
とはいえ、願わくば病気になったり命を失わない様にする為に、普段様々な自然療法で健康を維持する事につとめています。